【North Macedonia🇲🇰】いよいよ、バルカン半島の終着地点。

コソボのプリズレンからバスで約3時間。久々に快適なバスに乗って、北マケドニアの首都・スコピエに無事到着。長かったバルカン半島の旅も、ここが最終地点である。

明日は飛行機移動が控えているため、まずはバスターミナルで空港行きシャトルバスの時刻を綿密にチェック。

長旅に備えて、宿は久しぶりに1人部屋を予約。スコピエの物価やバックパッカーの財布事情からするとかなりお高めだったが、なにせ僕は飛行機が苦手なので、体力をお金で買った、と思えば安いものである。

一泊5,721円(1MKD=2.97JPY)

SARAEVO

少しベッドで休憩してHPを回復させた後、まずはお昼ご飯。バザールエリアにあるSaraevoというレストランで看板メニューのビーフシチューをいただく。ほろほろに崩れるまで煮込まれた牛肉と、旨味がたっぷり溶け込んだ濃厚なスープがたまらない。ちぎったパンをひたひたに浸して口に放り込むとこれもめっちゃヤミー。

そして左奥に見えますはショプスカ・サラダ。雪山のように盛られたこの「フワフワのチーズ」とは今回が初対面だったのだが、これが衝撃的に美味しかった。なぜ僕は、これまで巡ってきた他のバルカン半島の国々でこいつと巡り合えなかったのだろうか?と、これまでの自分のリサーチ能力の低さを小一時間ほど問い詰めたくなるほどである。

少し遅れてノコノコとやってきたチェバピ(Ćevapi)。
トマトの酸味の組み合わせは、何度食べても最高である。

オールド・バザール

大満足でお店を出て、街中をフラフラと歩き出す。レストランが位置するオールド・バザール地区はオスマン帝国の影響を色濃く残しており、石畳を歩いていると、以前訪れたボスニアのサラエボや、コソボのプリズレンと近しい匂いを感じる。イスラム系の建物が多く立ち並んでいるのだが、その多くが木造であるためか、なんとなく昔の日本の古い町並みとも似ているような気がして、ふと不思議な郷愁に駆られた。

しかし、それにしても外はとにかく暑い。1時間も経たないうちにすっかり疲れてしまったので、カフェに逃げ込みコーヒー休憩。アメリカーノが1杯80デナリ(約240円)。バルカン半島も終盤にきて、改めて物価が安くなったなあと感じる。コーヒーと一緒におまけでついてくる真四角の水は何度みてもシュール。

市内の散策

体力が回復してきたので、市街の散策へと繰り出す。スコピエという街、事前に噂には聞いていたのだが、とにかく街中が「銅像」だらけ。

普通、野外の記念碑や銅像といえば、歴史上の偉大な人物や神仏を顕彰するために建てるものだ。仙台駅の偉大なる伊達政宗像なんかはまさにそれである。しかしスコピエの銅像は尋常じゃない数で、「え、これ、その辺の田んぼで踊ってた、よくわからない酔っ払いのおじさんでも銅像になっちゃうんじゃない??」と思うほど、そこらじゅうに立っている。

どうやらこの街、少し前に「ヨーロッパの大都市みたくかっこよくなろうぜ!」と、国を挙げて壮大なイメチェンを図った時期があったらしい。気合を入れてあちこちに立派な建物や銅像をボコボコと量産しまくったのはいいものの、国民からは予算の使い方について大ブーイングを食らい、途中で計画が打ち切りになってしまったのだそうだ。それもそのはず、バルカン半島の中でも決して裕福とは言えない国であるにもかかわらず、この計画になんと約7億ユーロ(!)もの巨額がつぎ込まれたというのだ。そりゃあ怒るのも無理はない。

そのため、街を歩いていると大量の銅像だけでなく、やたらと立派なのに、なぜか細部の管理が行き届いていない哀愁漂う建物にたくさん出くわすのである。

Skopje Fortress(スコピエ城塞跡)

気温が落ち着いてきた頃、訪れたのはスコピエ城の要塞の跡地。城壁はどっしりとしていて、いかにも歴史ある要塞という風格を漂わせているのだが、中は草木がボーボーに生い茂っており、お世辞にも管理が行き届いているとは言いがたい。

展望台のような場所は土台となる木が崩れかけていて、足元には空き缶などのゴミが散乱している。これが観光客の捨てたものではなく、地元のヤンキーがここでたむろした痕跡であることを祈る。(そうであれば、この荒れた景色も微笑ましく見えてくる。)

展望台から見える景色はスコピエの中心地が見渡せて綺麗。

街のあちこちに謎の銅像をボコボコ建てる「壮大なイメチェン計画」に約7億ユーロもつぎ込むくらいなら、せめてその予算のほんの数パーセントでも、この由緒正しき城の草刈りと修繕に回してあげればよかったのに。なんて、通りすがりのいち観光客のくせに、余計なお世話とも言える失礼なツッコミを心の中で入れてしまったけれど、この不器用な感じが、やっぱりスコピエという街らしく、僕は嫌いになれなかった。

Full Plate

夜ご飯は『Full Plate』という、ずらりと並んだおかずを自分で選べるスタイルの食堂へ。この形式、アメリカ留学時代にミールプランのカードをシュッとスワイプさせて入った学食を彷彿とさせて、なんだか無性に懐かしい。笑

さっそくトレイを持って本日のラインナップを吟味。時間が遅かったせいか、ショーケースに並んでいるお肉料理たちは、すでに脂が白く固まり始めており、「今夜、お前の胃袋を重くしてやろうか」と無言のプレッシャーを放っている。

「明日は飛行機移動が控えているから、その手には乗らないもんね!」

と、僕は怪しそうなお肉たちは華麗にパスし、安全そうな野菜と、脂の少なそうな肉たちを中心に収集。全体的に見事なまでに冷え切ってはいるものの、選ぶものをしっかり選べば味はちゃんと美味しい。お会計は966円。ギリ合格点。

マザーテレサ博物館

翌日は、スコピエ出身のマザー・テレサ記念館へ。館内には彼女が使っていたベッドやノーベル平和賞の賞状、数々の写真が展示されている。しかし、ある程度の事前知識がないと、ただ展示物を眺めて「へえ、そうだったんだ」という感想で終わってしまうような、こじんまりとした館内であった。かくいう僕も、恥ずかしながらそこまでの知識があったわけではなかった。

とりあえず館内のソファに座り込み、スマホで彼女について検索してみる。Web上には日本語で書かれた興味深いエピソードがいくらでも転がっていた。「Webでの読み物なんて日本にいる時だってできるでしょ」というツッコミの声も聞こえてきそうだが、彼女の出身地で彼女について興味を持ち、その熱量のままに学べることは、旅先ならではのとても贅沢な時間だった。

小柄ながらも勇敢な彼女の生きざまに触れ、いつかインドを訪れた時は、コルカタでマザー・テレサの施設でボランティアをしてみたいな、と思った。旅中にふと生まれた小さな興味の種が、また将来の旅を形作っていく、そんな瞬間だった気がする。

市街散策

記念館を出たあとは、再度スコピエ市街の散策へ。今夜のフライトはトビリシ到着が翌朝4時。このあとシャワーを浴びるタイミングがないので、できるだけ汗をかかないよう、日陰から日陰へと忍者のようになぞりながら移動。ここでそのハイライトを写真にてお届け。

📍Church of Saints Constantine and Helena
最近完成した近代の正教建築
📍Church of Saints Constantine and Helena
華やかな内装だが、礼拝堂の静寂さを感じた
本がたくさんあるおしゃれなカフェ
📍Macedonia St
本がたくさんあるカフェ
日本でいうせんべろ的なやつ
📍Macedonia St
日本でいうせんべろ的な看板
📍Museum of the City of Skopje
1963年大地震について学べる。正面の時計は地震発生時刻で止まっている。
📍Diamond Mall
スコピエでトイレに困ったらココ
📍Church of St. Clement of Ohrid
モダンで正教会風の円形建築

📍Church of St. Clement of Ohrid
内部はフレスコ画や装飾が美しい
📍Government of the Republic of Macedonia
これも例の7億ユーロのやつ?という目で見てしまうのは、スコピエ病かもしれない。

KOSMOS

散策を終え、スコピエ最後の食事に選んだのは、昨日行列ができていて気になっていた『KOSMOS』。ここでのミッションはただ一つ。バルカン半島で約1ヶ月間、お世話になったチェバピ君に、きちんとお別れの挨拶をすることだ。

正直、バルカン半島の食事はシンプルな肉料理ばかりで、そのリーダーを務めるチェバピ君には何度もうんざりさせられていた。だが、いざ別れ際になると途端に愛おしく見えてくるのだから、人間とは勝手な生き物である。

「1ヶ月間ありがとう!また会おうね!!」丁寧に別れを告げ、冷たいコーラで一気に流し込む。

これで思い残すことは何もない。さらば、愛しきバルカン半島。

さあ、ここからは新章の幕開け。いざ次なる舞台・ジョージアへ!

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