バルカンの洗礼とも言える地酒、ラキヤのせいで見事に自滅し、ベッドで寝込むハメになった翌日のことである。ぼくはパーティーホステルから逃げ出すようにチェックアウトし、静けさを求めて別ののどかなホステルへと宿を移動した。
「よし、今日から体調を整えてまともな旅をするぞ」と決意も新たにした矢先、一匹のかわいい猫が「にゃーお」とすり寄ってきた。普段のぼくなら「しっしっ、あっち行け」と適当にあしらうところなのだが、弱りきった心と身体に、その無邪気な姿がやけに沁みたため、「よしよし、お前はなんて可愛いヤツなんだ〜!」と、警戒心を解いて構っていた。
まさにその時だ。
シャッ、シャーッ!!
「痛えェッ!!」
猫のヤツ、なんの躊躇もなくぼくの手を深く引っ掻いてきやがったのである。ツーッと流れる赤い血。それとは裏腹に、当の本人は「何か問題でも?」とばかりに、呑気に自分の爪をぺろぺろと舐めている。それを見るなり、ぼくの脳裏にある疑念がよぎった。
「あれ、狂犬病って大丈夫だっけ……」
少し慌てて外務省や現地のウェブサイトを調べると「アルバニアでの発症率は限りなく低い」とある。「なんだ、大丈夫じゃないか。よかったよかった」と胸をなでおろしかけた次の瞬間、「ただし、万が一発症すれば致死率はほぼ100%」という絶望的な一文が目に飛び込んできた。ひゃくぱーせんと、である。オワタ。
冗談じゃない。ラキヤで死にかけた後に、今度はこんな可愛らしい猫ちゃんの手によって、人生のトドメを刺されるなんて、絶対に嫌だッ!!
今思えば、極度の疲労とストレスで正常な判断ができていなかったのかもしれないが、当時のぼくはこの「万が一」の恐怖にビビり散らかし、ワクチンを打つぞと決意したのである。
早速、ホステルで5ユーロのレンタサイクルを借りて病院へと向かう。昨日と変わらず、うだるような暑い日だった。病院の受付へ行くと「ここでは狂犬病ワクチンは打てない。明日、国営の保健所へ行け。」と説明を受ける。海外での一人旅が長くなってきたぼくは、この程度では怯まない。むしろ、「明日、保健所に行けばワクチンが打てる」という情報をゲットできたのだからラッキー、という気分だ。ネットの情報によれば、ワクチンは24時間以内に打てばセーフ。ならば、今日はこのまま気分転換にサイクリングを楽しもうじゃないかッ!
狂犬病の恐怖はいったん脳みその裏側にポンと放り込み、Googleマップに保存してあったシュコダル湖沿いにある小さな街へと向かって、意気揚々とペダルを漕ぎ出した。
ところが、である。この「5ユーロの自転車」が、とんでもない拷問器具であった。まず、アルバニア特有の凸凹した道路と空気が抜けたタイヤのせいで、サドルが容赦無くお尻の急所を突き上げてくる。たまらず立ち漕ぎに移行すると、今度は踏み込む度にチェーンのギアが「ガコンッ!」と勝手に切り替わるのだ。漕ぎ始めこそなんとか筋力でカバーしていたものの、徐々に疲労でペダルを踏み外すようになり、スネやアキレス腱を何度も強打。「ぅいってえッ!!」と、成人男性とは思えない情けない悲鳴を何度も上げるハメになった。
悲劇の連鎖は止まらない。道中でウキウキと買い込んだアルバニア名物の甘〜いケーキ「トゥリレーチェ」が、振動によりリュックの中で決壊。甘いシロップが大量に漏れ、貴重品や旅の大切な思い出を綴ったジャーナリング本がべちょべちょになってしまった。極めつけには、貴重品を汚れから避難させたお気に入りのトートバッグが、今度は前輪のタイヤに巻き込まれ「ビリリリッ」と引き裂かれてしまったのである。泣きっ面に蜂どころの話ではない。大量の蜂に刺されてハチミツまみれになった顔面に、3日間何も食べていない凶暴なプーさんが全力で突っ込んできたような大惨事である。
翌日。ぼくは今度こそ国営の保健所へと乗り込んだ。受付らしきものが見当たらない雑多な空間をウロウロし、ようやく捕まえた看護師らしき女性に傷跡を見せて事情を説明する。すると彼女は奥から上司(医師だろうか)らしき男性を呼んできた。その男性は傷を見るなり難しげな顔をし、首都ティラナのボスへ電話を繋ぎ、ワクチンの必要可否を確認し始めた。
考えてみれば当然だ。こんな遠い異国の地からフラッとやってきた観光客が、野生の猫ちゃんに構って負った自業自得の傷のために、国が管理する貴重な医療資源を使ってしまっていいハズがない。もっと、こう、本当にそれを必要としている現地の人のために残しておくべきなのではないか……。「やっぱりやめときます」と喉まで出かかったその時、電話を終えた上司はあっさりと「オーケイ」と頷き、無事にワクチンを打ってくれた。
本当にありがたい。この国の懐の深さと優しさに、大げさではなく泣きそうになるほど感謝していたぼくに、注射器を片付けながら彼はふと、こんな言葉をかけてきた。
「日本では猫を食べるんでしょ?アルバニアでは猫は可愛いから絶対に食べないし、狂犬病の心配もそんなにしなくて大丈夫だよ」
……ん? いま何て?
感動の涙がスッと引っ込んだ。猫を、食べる? いやいやいや、食べないし!そもそも仮に食べる文化があったとしても、それが狂犬病にならない理由には全っ然ならないんですけど!?
突然の偏見と謎ロジックに少し苛立ったので、「日本では食べないよ、どこか他の国と間違えているんじゃない?」と一応訂正してみると、「いや、俺は確かにニュースで見たぞ」となぜか自信満々で一歩も引かない。ツッコミどころが多くて脳の処理がまったく追いつかなかったが、なによりワクチンを打ってくれた恩義がある手前、これ以上の反論はグッと飲み込み、引きつった愛想笑いを浮かべながら、木曜日に2度目のワクチンを打つ約束を交わし、どっと疲れた足取りで保健所を後にした。
ワクチンは無事に打てたものの、度重なる不運とそれに対する苛立ちの連続で、ぼくの心は完全に折れかけていた。
トボトボと夕食の買い出しへ行き、近くの野菜マーケットでトマトときゅうりを袋に入れる。すると、店のおっちゃんが頼んでもいない野菜をドサドサと袋に追加し始めた。
「ああ、また観光客向けの押し売りか……もう勘弁してくれ」
完全に心を閉ざし、ため息をつくと、おっちゃんが「〇〇〇、〜〜〜っ!」 と、ぼくには全く理解できないアルバニア語を大声で放ってきた。 「いえいえ、トマトときゅうりだけで大丈夫です」と警戒心むき出しで強めに伝えると、おっちゃんはシワくちゃの笑顔でパタパタと手を振り、「お金はいらないよ」とジェスチャーをしてきた。 言葉の意味は1ミリもわからないが、彼は「どうした兄ちゃん、元気だしな!」「これ俺が作ったんだよ、美味いから持っていきな!」と言ってくれている気がした。
その瞬間、ぼくはハッとした。ぼくはずっと「心の呪い」にかかっていたのだ。猫に引っ掻かれたのも、自転車で災難にあったのも、たしかに避けようのない不運だったかもしれない。しかし、その連鎖のせいで「どうせまた酷い目に遭う」と勝手に壁を作り、目の前の好意すらも疑ってかかっていたのだ。その厄介な「心の呪い」さえ解けてしまえば、保健所でのあのデリカシーのないジョークだって、狂犬病にビビり散らかしていたぼくをなんとか慰めようとしてくれた、彼なりの不器用で優しい言葉だったように思えてくる。
おっちゃんが本当は何と言っていたのかはわからない。 けれど、赤の他人から受け取るふとした優しさに救われることもあるのだと、身をもって知った。
これからの旅、これからの人生、ぼくも世界に対して少しでも優しくあろう、
なんて壮大な決意を掲げるのは、今の惨めなぼくにはちっとも似合わない。だからせめて、次にまた可愛い野良猫がすり寄ってきたときは、心の中で「ありがとう」と呟きながら、全力で逃げようと思う。
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