トビリシから日帰り!アルメニア・弾丸ツアー🇦🇲

もし一ヶ月前に「地図でアルメニアを指差してみて」と言われていたら、「ええと、たしか東ヨーロッパのあたりだっけ……」と適当な場所を指差していただろう。ごめんなさい、アルメニア。

そんな知識ゼロだった僕ですが、トビリシ滞在中に「ジョージアは世界で2番目のキリスト教国で、お隣のアルメニアが世界最古(1番目)だよ」という話を何度か耳にした。

世界最古なんて言われたら、そりゃあ気になってしまう。というわけで、アルメニアを巡る日帰りツアーにふらっと参加してきました。

世界最古のキリスト教国

トビリシを出発し、アルメニア国境まではバスで約2時間。この移動時間を使って、ガイドさんからアルメニアの宗教の歴史についてインプット。アルメニアがキリスト教を国教化した由来を要約するとこんな感じだ。

もともとアルメニアでは「火の神様」が信仰されていたのだが、グレゴリウスという男だけが「いや、私はキリスト教の神を信じる!」と言い張った。これに怒った当時の王様は、彼を深い穴の底になんと13年間も幽閉してしまう。

しかしその後、王様が狩りに出かけた際、キリスト教の神の怒りに触れてしまい、なんと王様と一行は全員「野生の豚」に変えられてしまうのである。『千と千尋の神隠し』ばりのハードな呪いだ。

豚になってしまった兄(王様)を悲しんだ妹が、「グレゴリウスなら何とかしてくれるはず!」と彼を穴から救出。グレゴリウスが祈ると、王様たちは無事に人間の姿に戻ったという。

「いや、自分を何年も穴に閉じ込めたヤツをよく助けたな!」

と、グレゴリウスの器のデカさにツッコミたくなるが、さすがはのちに聖人と呼ばれる男、懐の深さが桁違いである。

この奇跡に深く感動した王様は「キリスト教、すごい!国教にしよう!!」と改心。こうして紀元301年、アルメニアは世界で初めてキリスト教を国教化した国になったのだという。

国境に到着

バスは国境へと到着。ジョージア側の施設は、新しく近代的だったのに対して、アルメニア側の施設は数十年前へタイムスリップしたかのような古びた建物だった。

今回のツアーガイドはジョージアとアルメニアのミックスらしく、両国のリアルな違いをたくさん教えてくれた。聞けばアルメニアは、複雑な歴史や隣国との対立により国境が封鎖されている地域が多く、経済成長が難しいため、貧困という厳しい現実を抱えているのだという。

また、彼女自身、アルメニアでは未だに外国人として扱われることも多いらしく、経済的な問題だけでなく、社会全体がまだまだ閉鎖的のようだ。

アクタラ修道院(Akhtala Monastery Fortress)

国境からさらにバンに揺られること約40分。最初の目的地であるアクタラ修道院に到着した。

敷地内を歩くと、細かな彫刻が施された石碑がいくつも並んでいる。これは「ハチュカル(十字架の石)」と呼ばれるアルメニア特有の石碑で、一つとして同じデザインが存在しない、完全なる一点モノの芸術作品。

十字架の根元に注目すると、くるくるとした幾何学模様が根元を支えるように彫られており、これは「火」を表している。世界最古のキリスト教国でありながら、十字架の下には、かつて彼らが信仰していた「火の神への信仰」がしっかりと刻み込まれているのだ。

十字架の下に火がデザインされたハチュカル

教会の中へ入ると、そこにはドーム型の壁には色鮮やかなフレスコ画が広がっている。これはジョージア建築の影響で、質素な造りが多いアルメニアの教会において、これほど鮮やかな壁画は珍しいそうだ。

また、このホールは、歌声が最も美しく響くように造りや音響が計算されていて、祈りの行事や聖歌が24時間絶え間なく続けられているという。実際に透き通るような歌声が響き渡ると、石造りならではの残響が美しく、ものすごく神聖な場所に感じられた。

教会の裏手へ回ると、アルメニアの複雑な地形を見渡すことができる。この景色を前に深呼吸したとき、神秘的な空間に存在しているような感覚になった。


ハグパット修道院群


次に訪れたのは、世界遺産にも登録されているハグパット修道院群。アルメニアは歴史上、周辺国からの侵攻が多くあり、さらには地震も多い場所。しかし、この修道院は1000年以上の歴史があるにもかかわらず、完全に壊されることがなかった、いわば奇跡的な修道院である。

敷地内には、当時の戦火で焼かれたハチュカルや、地震で折れた断片が転がっている。積み重ねられた時間が、やけに生々しい。

最初に入ったのは、聖歌を捧げるためのホール。ここ、本当に音響が凄過ぎた。天井が完璧なドーム状になっていて、ちょっと吐息を漏らすだけで、外の10倍は残響が広がっていく。ちょうど、静寂の中でたまたま鳥が鳴いてくれて、その響きがなんていうかもう素晴らしかった。正直、もうこの空間ごとエフェクターとして製品化してほしいレベル。

聖歌を捧げるためのホール

続いて入ったのは書庫。床にポコポコと穴が開いているが、これはワイン造りに使われるクヴェヴリと同じ壺。 当時の書物は動物の毛皮で作られているので、劣化を防ぐには低温での保存が必須。そこで、この地中に埋めた壺の中を冷蔵庫として使い、貴重な書物を大切に保管していたのだという。

書庫

この修道院で見逃せないのがこのハチュカル。アルメニア正教会では偶像崇拝を避けるため、キリストの姿を直接彫ることはめったにないのだが、このハチュカルにはキリストの姿が彫られている。アルメニア国内ではなかなか見つからない、超貴重なレアキャラである。

キリストの姿が彫られたハチュカル

そして入ったのが、アルメニア教会特有の建築「ガヴィット」。聖堂の中には入れなかった庶民たちが、できるだけ聖堂の近くで、神への祈りを捧げるために使っていた場所だ。

ここで一番びっくりしたのが床。なんと、足元のほとんどがお墓でできている。「死後は少しでも神の近くに眠りたい」というアルメニア人の切実な信仰心ゆえの造りで、長方形の墓石がびっしりと敷き詰められているのだ。

「墓の上を歩くことは、死者が天国へ行くのを助ける行為」という説明を聞いたものの、正直、めちゃくちゃ罪悪感がある。とはいえ、歩かないわけにもいかないので、先人へのリスペクトをもって、一歩一歩丁寧に踏ませていただいた。

ガヴィットを抜けた先にあるのが、メインの聖堂。これまでの重厚で少し張り詰めた空気とは異なり、ここは神に祈りを捧げるための儀式の場所、という雰囲気が強かった。奥にあるフレスコ画も修復なしのオリジナルのもの。スゴイ。

修道院からはアルメニアの複雑な地形が見渡すことができる。

修道院からの景色

ランチ

ランチで訪れたのは実家感のあるローカルな食堂。

トマト風味のタブレ、ニンニクが効いたインゲンのサラダ、ぶどうの葉で包まれたドルマ、ハーブ香るズッキーニなどなど、アルメニア料理がテーブルにずらり。どれも野菜が圧倒的にフレッシュで、絶妙な酸味とハーブが重なって美味しい。

フラットブレッドに、サワークリーム、ヨーグルト、チーズ、そこに先ほどの野菜たちをドカッと乗せて一気に頬張るとさらに美味しい。こういう複雑な料理大好き。

合わせるのは、ライトボディでほんのり甘いザクロワイン。料理との相性バッチリ。

旧ソ連の面影

1991年に旧ソ連から独立したアルメニア。街を移動していると、その面影もところどころに見られた。ガイドによるとアルメニアでは車検が必要ないらしく、旧ソ連時代からタイムスリップしてきたような凄まじく年季の入った車が、たまーに現役でゴリゴリと走っていたりする。

道中、巨大な銅山にも立ち寄った。旧ソ連から独立した際に閉鎖され、その後は再稼働なども繰り返すが、2018年に閉鎖。今は一部がホテルとして開業している以外、当時の姿のまま時を止めている。ディストピア感が半端じゃないが、ベルリンのベルグハイン、ブダペストのシンプラケルト、あるいはトビリシのファブリカみたく、うまくリノベーションされれば、バチバチにカッコいいアンダーグラウンドなクラブやバーになる未来も見える。

アラヴェルディ
空を見上げるとゴンドラが宙吊りになっている。

その後立ち寄ったのは、周辺の村で生まれたミコヤン兄弟の功績を讃えるミュージアム。この二人、旧ソ連全体にその名を轟かせた政治家&航空設計士で、野外には航空設計士の弟が作った戦闘機の模型が飾られている。

旧ソ連時代のジェット戦闘機「MiG-21」の模型
戦闘機上でのバレー禁止の警告

サナヒン修道院群

いよいよツアーの最終地点。中世アルメニア建築の傑作として世界遺産にも登録されているサナヒン修道院に訪れた。

実はこの「サナヒン」という名前、アルメニア語で「これはあれより古い」という意味で、「あれ」というのは午前中に訪れたハグパット修道院のことを指す。「うちの方が歴史あるから!」という中世のバチバチのライバル関係がネーミングから透けて見えてくるのが面白い。

この修道院はガヴィットがとにかく荘厳。例によってお墓がびっしりと敷き詰められていて、ここに眠っているのは、当時の修道院で高い位に就いていた人々だという。

外から見たガヴィット

最初は「お墓の上を歩くなんてバチがあたりそうだな……」なんて思っていたけれど、現代のアルメニアの人々が、中世の人々が眠る墓石の上を歩き、今も変わらず祈りに向かう姿を見ていると、遠い過去と現在の営みが分断されることなく、この石畳を通じてずっと地続きになっているような気がして、それはとても素敵なことだと感じた。

ガヴィットの内部
足元に敷き詰められている墓石

さらに奥へと進み、聖母教会へ入る。これまでの修道院とは異なって、壁を彩るフレスコ画は一切なく、装飾がほとんどない質素な空間。しかし、その分、剥き出しの石壁の質感にポツンと飾られる聖母マリアと幼いキリストの絵画が存在感を放っていた。

まとめ

そんなこんなで、アルメニア日帰りツアーはこれにて終了。これまでヨーロッパを長く旅してきて、壮大で煌びやかな教会はたくさん巡ってきたけれど、アルメニアの修道院は驚くほど質素なのになぜかとてもスピリチュアルな空気を感じた。「なんでだろうな」と帰り道に考えていたのだけど、理由は大きく2つある気がする。

ひとつは、立地と「そのまま」の空気感。山に囲まれた自然豊かな場所にあって、観光地化されすぎていないから人が少ない。遺跡もいい意味で手付かずというか、生々しい状態で放置されている。そして装飾が落ち着いているため、自然の音や、足音、呼吸の音に自然と意識が向く。

そしてふたつ目は、ローカルな人々の祈りの熱量。 決して裕福とは言えない国の人々が、切実に祈りを捧げている、その飾らない姿を見たとき、ああ、神様って本当に力あるのかもな、と、目に見えない重みのようなものを感じた。

各スポットでの滞在時間が短かったので、もっとゆっくり時間を過ごしたかったなー、と思いつつも、アクセスしづらい修道院を1日でサクッと網羅できたのは、ツアーならではのありがたさでした。アルメニア、知れば知るほど面白いので、次に来るときはゆっくり時間をかけて回ろうと思います!

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