ここだけの話、僕はワインをかっこよく嗜む人に憧れている。というか、世の中のかっこいい大人たちというのは、往々にしてワインをかっこよく嗜んでいる気がしてならないのだ。
20代前半からそんな憧れをぼんやりと抱きつつ、いざ勉強しようと思うと「絶対お金かかるし」「ワイン好きな友達少ないし」と言い訳が浮かび、うじうじしているうちに、気づけば28歳である。……ヤバい。このままでは、赤か白かの違いすら曖昧なまま、30歳という大台に突入してしまう。
なんてことを焦っていたら、旅中に色々な縁が重なって、ワイン発祥の地・ジョージアに1ヶ月間滞在することになった。ならもう、チャンスは今しかない。「かっこいい大人になるぞ!」と一念発起して、ワインの勉強を始めることにしたわけである。
まずは手っ取り早くプロに教えてもらおうと、ワインテイスティングのツアーに参加してみることにした。
今回は、そのツアーについての記録である。
Badiauri
ツアーは朝9時に出発。バンに約80分ほど揺られ、最初に到着したのはBadiauriという小さな街だ。ツアーの旅程表によると、ここで伝統的なジョージアの朝食をいただくことになっている。
しかし、さっそく振る舞われたのは赤ワイン。事前の旅程表にはたしか「伝統的なジョージアの朝食」と書いてあったはずなのだが…笑

その後、テーブルに無造作に並べられたのは、羊、牛、山羊の3種類のチーズと、素朴なジョージアブレッド。メインの朝食というよりかは、「ワインのお供に私たちも食べてネ!」とウインクしてくるような、ラインナップである。
なるほど、ジョージアの朝はワインから始まるらしい。


今朝は何も食べていなかったものの、ジョージアに入ってはジョージアンに従え。空っぽのお腹へ「朝早くから多大なご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。何卒ご対応のほどよろしくお願いいたします。」と業務連絡ばりの謝罪を入れ、朝からワインをいただいちゃうことにした。
移動中のバンの中で練習した乾杯の挨拶「ガーマルチョス!」を合図に、コップを傾け、ごくりと一口。
……うん、おいしい!!
驚くほどスッキリとした甘さで、まるで上質なグレープジュースのようにごくごく飲めちゃう。朝の空きっ腹にもスッと馴染んでいく、なんとも危険な美味しさである。チーズとの相性はもちろん抜群。
たまらずガイドに「ねえ、これって一体どんなワインなの?」と前のめりに尋ねると彼は、ふふふと含みのある笑みを浮かべ、「まぁまぁ、そう焦るでない」とニヤリとはぐらかされる。
朝っぱらからこんな調子で、果たして今日のワインツアーはどうなってしまうのか!(笑)
期待(と、少しのアルコール)に胸を膨らませつつ、いざ次の目的地へ出発。
ボドベ修道院
次に向かった先はボドベ修道院。ジョージアの歴史を語る上で、決して外すことのできない超・重要スポットだ。ちなみに、ここではノーワイン。どうやら、朝から晩までひたすらワインを飲み続けるクレイジーなツアーではないということが分かり少し安心する。
実はジョージアは、世界で2番目(あるいは3番目。諸説あり)に古いキリスト教国。そして、この国にキリスト教をもたらした「聖ニノ」という偉大な女性が眠っているのが、ここボドベ修道院なのだ。
伝承によると、彼女は聖母マリアから「ブドウの枝で十字架を作りなさい」というお告げを受け、自分の髪の毛を使ってブドウの枝を結び、十字架を作ったという。ジョージア十字の横線が少し下に垂れ下がった独特の形をしているのは、これが理由らしい。ワイン発祥の地ならではの、美しい逸話である。
ジョージア正教は大変興味深いので、後に別記事へ丸投げするとして。庭園から見渡す雄大な景色や、教会内に響き渡る祈りの歌声……その神秘的な空間の力も相まって、ぼくはこれまで訪れた中で一番、天国に近い場所のように感じられた。本当である。



シグナギ

次の目的地はシグナギ。1時間ほどかけて市内をぐるっと散策した後、お待ちかねのランチタイム。
レストランへ足を踏み入れると、ズラリと並んだ長机に色鮮やかなジョージア料理がドーン!と並んでいる。テーブルのいたるところに「ただの飲料水ですけど何か?」みたいな涼しい顔をしてピッチャーが何本も置かれているが、当然ながら中身は水ではなくワインである。さすがジョージア。
ジョージアにはスプラと呼ばれる伝統的な宴会があり、大勢でテーブルを囲ってワインと郷土料理を楽しむのが、彼らの文化なのだという。スプラにはタマダと呼ばれる進行役がいて、宴のスピーチや乾杯の音頭を仕切るらしい。今回はガイドがタマダをつとめ、本日2度目の乾杯。
「ガーマルチョス!!!」
まずは野菜料理やチーズを中心に、各自お皿に取り分けていただく。ジョージアのサラダはスパイスと新鮮なハーブがガツンと効いていて、本当に美味しい。
メイン料理はジョージア風バーベキュー「ムツヴァディ」。チキンの上に生の玉ねぎをワサッと乗せただけの無骨なスタイルだが、炭火で焼かれた香ばしさが赤ワインとこの上なく合う。


すっかり上機嫌で食事を楽しんでいると、ガイドが「よし、次はジョージアの伝統的な儀式を体験してもらうぞ!」と、謎の動物のツノを持ってきた。ジョージア伝統の酒器「カンツィ」の登場である。
使い方は至ってシンプル。このツノの中に注がれたワインを飲み干してから、またワインを注いで隣の人に回していく。要するに「イッキ飲み」の道具だ。ご丁寧なことに先端が尖っているため、すべて飲み干すまでテーブルに置くことができない。さらには飲み干した後、頭の上でツノを逆さにして「ほら、一滴も垂れてこないでしょ?」とアピールするまでが礼儀なのだという。
ガイドの隣に座っていたぼくは、光栄にも(?)そのトップバッターに指名された。短いスピーチとともに乾杯を告げ、ツノに注がれた白ワインを飲み干す。まったく、どこの国にいっても酒飲みが考えることは最高にくだらなくて、ぼくはこういうのが大好きである。
もし仮に日本社会にこのツノが存在したら、新歓コンパでの「俺のツノの方がたくさん入るぜ」「いやいや、俺のツノならボトル半分は余裕でイケるぞ」といった牽制合戦はもちろんのこと、新橋のガード下からは「先輩、そのツノで飲み干したんですか!?マジで漢っすね!!!」という後輩のゴマスリが、恵比寿の個室からは「えー、ユウキくんツノ似合いすぎー♡」といった勘違いを誘発する黄色い声まで聞こえてきそうである。

さてさて、ランチを終えて外に出ると、お次はワインに続くジョージア名物「チャチャ」の試飲である。このチャチャというお酒、ワインの搾りかすを原料にした蒸留酒なのだが、その可愛らしい響きとは裏腹に、アルコール度数が45%〜60%ほどある取り扱い要注意の飲み物だ。
ワインだけじゃ酔えない酒豪たちに愛されているのはもちろんのこと、山の寒さしのぎ、風邪の処方箋、耳詰まり、ニキビの外用薬 etc…とさまざまな用途で使われているらしい。ここまでくるともはやただの消毒液ではないかと思うのだが、それだけジョージア人の生活に深く根付いているということなのだろう。

ここでは右から順番に、オーク、タラゴン、シトラスの3種類を試飲。ガイドが色々と丁寧に説明してくれたのだが、テイスティングした感想を嘘偽りなく書き記すと、以下のようになる。
・オーク(強い)
・タラゴン(めっちゃ強い)
・シトラス(なんかもう、勘弁してくれ)
なんだか小学生の食レポみたいになってしまったが、本当にそうなのだから仕方がない。好みは人によって分かれるようだが、個人的にはオークが芳醇な香りを放っていて美味しかった(気がする)。
修道院で天国に近づき、すっかり浄化されたはずだったが、わずか数時間にしてカンツィとチャチャの洗礼を浴びたぼくのテンションは、すでに結婚式の2次会で出来上がった酔っ払いのそれである。
家族経営のワイナリー – Sagarejo

さてここからワインテイスティングの本番。訪れたのは家族経営のアットホームなワイナリー。
ここで学んだのは「クヴェヴリ(Qvevri)」というジョージアの伝統製法。巨大な粘土壺を地中に埋めてブドウを自然発酵させる、約8,000年の歴史を持つ世界最古のワイン造りだ。
話を聞いていて「へえ!」と思ったのがその中身。白ワインであっても皮や種を取り除かず、丸ごと漬け込んで発酵させるため、結果的に果皮由来の強いタンニン(渋み)と、複雑で深いコクが生まれるというのだ。
特徴的なのは味わいだけではない。ブドウを丸ごと使うおかげでポリフェノールや抗酸化物質をたっぷりと含んだワインに仕上がる。おまけに生きた天然酵母も含まれているため、美肌効果や腸活にも良いと密かに注目されているらしい。さっきまでカンツィやチャチャで肝臓をいじめていたぼくが言うのも何だが、なんだかすごく健康に良さそうである。
もちろん化学物質は一切不使用。昨今の日本でブームとなっているナチュールワインの、まさに祖先的な存在である。


チェ・ホンマンが中に入って懸垂できるんじゃないかというレベルである。
ちなみにこのクヴェヴリ、中身が空になった後の清掃も、化学薬品は一切NG。じゃあどうするかというと、人が直接壺の中に入ってゴシゴシと掃除しなくてはならない。
これがなかなか命がけで、底にはブドウ発酵時のガス(二酸化炭素)が溜まっており、吸い続けるとハイになって倒れてしまう。そのため、タイムリミットは最大10分〜15分。安全対策として必ずペアで作業を行う。壺の中にいる人は大きな声で歌を歌い続け、もしその歌声のトーンがおかしくなったり、不自然に途切れたりした瞬間、外の相方が全力で引きずり出すのだという(笑)。
クヴェヴリはユネスコ無形文化遺産にも登録されている格式の高い製法だが、何千年も続くその伝統的なサイクルの中に「歌声がおかしくなったら引きずり出す」という極めて体育会系な力技が組み込まれているという事実に、ぼくはたまらなく惹かれた。
製法の見学を終え、試飲タイム。今回は以下の3種類をいただいた。

① キシ(Kisi / 2023年) まずは一番左、ジョージア最大のワイン産地・カヘティ地方の代名詞とも言えるアンバーワイン。アンバーワインは白ブドウの皮や種、茎ごと丸ごと放り込んで作られるているため、綺麗なオレンジ色の見た目をしている。キシは、その中では比較的軽やかな薄い色合いをしているそうだが、口に含むとこのタンニンの渋みがガツンと効いていて、めちゃくちゃドライな飲み口。オレンジとタバコの風味を感じる、個性的な一杯だった。
② ルカツィテリ&ムツヴァネ(Rkatsiteli & Mtsvane / 2023年) お次は真ん中、ジョージア全土で育つ代表品種「ルカツィテリ」と、このカヘティ地方でしか育たない「ムツヴァネ」をブレンドしたアンバーワイン。先ほどのキシの強めな個性と比べ、渋みと甘さのバランスが絶妙。アルコール度数は13.5%としっかりあるのだが、透明感のある味わいで、度数の低いキシよりも飲みやかった。
③ サペラヴィ(Saperavi) 最後に一番右、ジョージアを代表する赤ワイン「サペラヴィ」。 タンニンの色がてとても濃く、赤を通り越して黒。グラスを光に透かしてみても、向こう側がまったく見えないほどに濃厚。ブラックベリーのような果実味に、スパイシーなニュアンスが重なってとても美味しかった。

KTW

続いて訪れたのはKTWというワイナリー。先ほどまでのオーガニックで土着感あふれるクヴェヴリ製法とは打って変わって、ここではヨーロッパ製法(要するにステンレスタンクとかを使う近代的なやつだ)で造られた近代的なジョージアワインを味わう。
驚いたことに、現在ジョージアで造られているワインのなんと約9割は、このヨーロッパ製法らしい。「え、じゃああの命がけの壺掃除の感動はなんだったの……」と一瞬遠い目になったが、理由を聞いて納得。要するに「温度管理が超ラクチン」なのである。
クヴェヴリ製法だと自然のパワーにお任せした温度設定(地中で一定温度に保たれるため、それはそれで本当に凄いのだが)なところを、タンクならピッタリ温度をコントロールできる。ブドウの糖分がアルコールに変わりきる前に「はい、発酵ストップ!」と強制終了させることで、甘みを残したセミドライやセミスイートのワインも自由自在に造れるという寸法だ。やれやれ、人間の進歩は凄まじい。

というわけで、いざテイスティングへ。ここでは白ワイン2杯、赤ワイン3杯を堪能した。すべて写真を載せるとブログが図鑑みたくなってしまいそうなので、ここでは文章のみのダイジェスト版でお送りする。
① ゴルリ・ムツヴァネ(白・辛口)
黒ブドウから造られた白ワイン。キリッとドライで文句なしに美味い。絶対魚料理に合う。
② ゴルリ・ムツヴァネ ゴリ産(白・辛口)
同じ品種だが、こちらはスターリンの出身地「ゴリ」のブドウを使用。グラスを回すと、シトラスやピーチの爽やかな香りがする。なんだか急におしゃれ。
③ キンヅマラウリ(赤・セミスイート)
ジョージア東部を代表する甘口の赤。血液や膀胱に良い効能があるらしく、現地では「ジョージアの薬」とも呼ばれているらしい。酒を飲んで健康になれるなら苦労はしないのに。
④ ムクザニ(赤・辛口)
黒いヤツ(Black one)と呼ばれるほど色が濃いが、飲むと驚くほど軽くて柔らかい。ヤンキーみたく、見かけによらずいいヤツ。
⑤ ラチャ=レチフミ地方のワイン(赤・セミスイート)
スターリンが愛した、ほとんど輸出されない幻の最高峰ワイン。ベリーの酸味とバニラの香りが豊かでリッチな味わい。……美味しすぎた。今回の旅でダントツに好き。

ワインのテイスティングが終わると、今度は度数40%の超高級ブランデー登場。葉巻やチョコレートと合わせるのが嗜みらしい。ガイドいわく、このブランデーは風邪や喉の痛み、果てはインフルエンザ、そして失恋にまで効く万能薬なのだという。とりあえず今のところ失恋の予定はないが、予防としてグイッと飲んでおいた。

大トリは度数44%のチャチャ。「危険ですので、一口で飲み切ってください」という、もはや注意喚起というより脅迫に近いアナウンスがあり、全員でグイッと一気に流し込む。ランチの時よりしっかり冷えているおかげか、これなら味わいを楽しめるかもしれないという気がしないでもなくはない。

チャチャのショットでみな悲鳴をあげていたので、最後にお口直しにと、ツアー参加者の投票で断トツ人気だった「スターリンに愛された赤ワイン」をもう一度飲ませてもらった。
やっぱり美味しい。いや、本当に美味しい。日本で手に入らないというのが惜しいけれど、手に入らないからこそ、この旅の記憶とセットで自分の中に残っていく気がした。スターリンと味覚の好みが一致してしまうというのは、少々複雑な気分だけれど(笑)
こうして、ツアーは終了。赤か白かという見た目の判別から卒業し、原材料や製造方法から生まれる、スパイシー、バニラの香り、ドライな口当たり、タンニンの渋みといったワインの個性を知れたのは、間違いなく本日の大収穫である。これならいける。いまのぼくなら、高級レストランでソムリエと堂々と渡り合える、なんて無駄な自信に満ち溢れていた矢先、ふとガイドから「で、今日のツアーどうだった?どれが一番おいしかった?」と尋ねられた。
「えーっと、えーっと……スターリンの赤ワイン!」
「なんていうか、甘くてめっちゃ美味しかったです!!!」
……ひどい。ひどすぎる。口から飛び出したのは、見事なまでに中学生レベルの感想だった。どうやらアルコールのせいで、せっかくインプットした語彙力が全部吹き飛んでしまったみたいだ。
かっこいい大人への道のりは、まだまだ遠そうである。
P.S
ジョージア伝統の酒器「カンツィ」は大きい!!

参加したツアー
ジョージアのワインについて、身をもって学びたい方、ぜひおすすめです。
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